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Posted by 田島照久 thesedays
 
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「尾崎豊特別展 Ozaki20」
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9月7日から19日まで原宿のラフォーレミュージアムで「尾崎豊特別展 Ozaki20」が開催されていまして、連日多くの方に観て頂いています。ぼくが撮った約60点の尾崎くんの写真とデザイン資料を展示中です。写真は等身大のものが多く、迫力ある展示になっています。最初で最後の尾崎豊の展覧会になると思います。ファンの方や、写真やデザインに興味がある方は是非とも宜しくお願いします。そのほかにも、未発表のデモ音源やノート類、映像など、いろいろな展示がしてあります。 (田島照久)

「尾崎豊特別展 Ozaki20」

Ozaki20 facebook
Posted by 田島照久 thesedays
comment:3  
[デザインの話
comment
イメージの結び目の向こうに
私が尾崎豊の曲を好きになって、最初に思い浮かんだのは「さて、この尾崎豊というのはどんな人なんだろう」という素朴な疑問だった。ところが、当時(N. Y. からの帰国直後だったか)彼に関する情報はほとんど皆無。顔すら分からない。現在のようにインターネットで検索する方法も無い。そこで、私がとった行動は、本屋で音楽雑誌のバックナンバーを漁ることだった。

今回の特別展は、当時の私のような疑問を持つ(持ち続けている)多くの人たちに、彼についてのいくつものイメージを残すことでしょうね。それは本当に凄いことだと思います。そこで結び合わされるイメージの向こう側には何が見えてくるだろう。明快な答えか、あるいは新たな曖昧な疑問か。そんなことを思っています。

『遠い空』は彼の等身大がさりげなく歌われているような感じがして、私の好きな曲の一つです。
2012/09/15 20:16 | URL | edit posted by soul-mate
Identification
 尾崎豊と一緒に仕事をした人の少なからずが、彼を両極端において、あるいは両極の振幅として、捉えている。静と動、強と弱、礼儀正しさと凶暴さ、というように。彼に「獰猛な異物」を見たのは、村上龍だっただろうか。だから、尾崎豊を「普通」という次元に差し戻す必要がある、ということになるのかもしれない。
 しかし、そこに立ち現われてくるイメージ群は、やはり「普通」という言葉にはどうしても収まり切らないものを放出してしまってはいないか。たとえば、彼の顔を特定することは、はたしてどこまで出来るだろうか。有明と横浜で歌う彼は、本当に同一人物なのか。太っているとか痩せているとかの問題ではない。骨格レヴェルで違うような気がするし、同時に精神性において異なっているようにも感じられる。
 こうなると、「自分の存在が何なのかさえ解らず震えている」という歌詞は、イメージの結び目を切り裂く一つの闇の告白に聴こえてくるのだ。
2012/10/31 18:33 | URL | edit posted by soul-mate
素敵でした…
初めまして_(._.)_

本日、福島市で開催してます尾崎豊さんの写真展行って来ました(^-^)

私は、もう少しで浜省歴30年となる者で今回の写真が田島さんの写真と知って
ビックリでした(゜ロ゜;

悲しいけど、いつまでも若い尾崎豊さんにちょっとヤキモチを妬いてお別れして来ました(笑)
とても素敵な尾崎豊さんでした(^-^)
ありがとうございました(¨)(‥)(..)(__)
2013/03/28 21:55 | URL | edit posted by だいしょう
comment posting














 

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