24,
2009
「忘れ物」 田島照久
(horror level ☆)
その現象は、ぼくが30代半ばになったころから始まった。
ぼくはうっかりしている性格というのか、
出掛ける度に、何かしらの忘れ物をしてしまうのだが、
不思議なことに、そんな何処かに忘れたモノたちが、
勝手に玄関に戻ってくるようになっていた。
ぼくの勤める会社は決算期を向かえ、
忙しい毎日が続いていた。
遅くに会社から帰ると、出張先の何処かで
無くしてしまった愛用のマフラーが、
玄関の廊下に落ちているのを見つけた。
それは、大切にしていたイギリス製のもので、
誰かが、知らないうちに届けてくれたのかと思い、
翌日になって、一緒に行った相手や、
泊ったホテルなど、いろいろ心当たりに訊いてみたのだが、
そんなことをした人は居ないということだった。
ちょっと気味が悪かったが、誰かが白状しないだけで、
軽いイタズラだろうと思って、すぐに忘れてしまった。
ところが、それ以降も同じようなことが
頻繁に起きるようになったので、考えてしまった。
それは、ほんとに、どうでもいいようなモノから、
無くして困っていたモノまで、
様々なものが、玄関に届くようになったからだ。
手帳や、万年筆や、シェーバー等だ。
中には、使い古した消しゴムといった、
どうでもいいようなモノもあった。
気に入っていた手袋が届いたときは嬉しかったが、
誰かが、辛抱強くイタズラを続けているとしたら、
相当に根性があるヤツに違いないと思うのだが、
そんな人物はまったく思い当たらなかった。
しかし、そんな現象が始まって半年ぐらい経ったとき、
ついに考えられないモノが届いた。
それは、高校の修学旅行で買ったモノだった。
観光地でわけも無く売っているあの木刀だ。
最初、廊下に長い木片が転がっているのを見た時には、
思わず後ずさりしてしまった。異様な感じだったからだ。
木刀だと分かって、怖々拾い上げて視てみると、
自分で彫った文字があって思い出した。
泊った旅館で、ふざけて「2年4組32番 山本武蔵」
と自分の字で彫ったのだった。
どこがムサシなんだ、と思わず、
若いころの自分に突っ込みたくなった。
ぼくの本当の名前は山本伸一郎という。
しかし、木刀を買ったは良いが、
修学旅行中ずっと持ち歩くのが嫌になると、
途中で停まった何処かの駅のベンチに忘れたふりをした。
電車が出発すると、級友のひとりが、ホームを指差して、
山本、忘れ物だぞ、と教えてくれたが、
ぼくは知らんぷりをしていた。
それは良いとして、もう十七年も前のことになるから、
イタズラだとしたら、時間と手間ひまをかけた
壮大な仕掛けなので、それを
当時の級友たちがやる理由も思い当たらず、
やはり、ちょっと特殊な現象がぼくの家の玄関には
起きているとしか考えられなかった。
木刀が届いてから一ヶ月ほどが過ぎたあたりの日曜日だった。
午後の時間を、本を読んで過ごしていた時に、
またしても、玄関に何かが落ちたような音がしたので、
ぼくは、重い腰を上げ、見に行ってみた。
すると、オモチャの飛行機が転がっていた。
近づいて良く視ると、それは飛行機の形をした電話機だった。
思い出した。確か10年以上も前にフェニックスの
インテリアショップで買ったモノのようだ。
プロペラの部分がダイヤルになっていて、
それを回すと、ちゃんと普通の電話として使えるもので、
受けを狙って買ったものだった。
確か500ドル以上はしたはずだった。
壊れないようにと、フェニックスから
サンフランシスコへ向かう機内に持ち込み、
降りる時に忘れてしまって、それっきりになっていたものだ。
試しに、ケーブルを繋いで117を押してみると、
ピッ、サンジ、ゴジュウ、ゴフン、デス、
と元気な時報が聴こえた。
木刀と電話機の件は、ちょっとびっくりしたが、
それ以降は、たまに、本当に、そのこと事態を忘れた頃に、
忘れ物が、玄関に届くことが続いていた。
勝手に届くので、何を基準にして、そんな昔のモノまでが
届けられるのかは、不思議なことだった。
本当に、どうでも良いようなモノが届き続けていた。
傷んだ傘だったり、読み終えた本だったり、
歯ブラシが一本届いたこともあったが、
それには呆れて笑うしか無かった。
忘れ物というよりは、捨ててもいいものだったからだ。
九月に入ってもまだ暑さが残る日の夜だった。
会社から帰ってビールを飲みながら、
テレビの野球中継を見ていたら、
玄関に、ゴトッ、といつになく重いものが落ちたような音がした。
すると、少しして、何かが歩くような音が近づき、
リビングのドアをカツカツと叩いた。
物取りでも侵入して来たのかと、
ぼくは木刀を持って、恐る恐るドアを開けた。
すると、そこには白い犬が座って尻尾を振っていた。
白い犬の記憶は、ぼくにはひとつしか無いので、
すぐに分かった。小学三年生のときに、
遊びに連れて行ったきり、忘れてしまった
飼い犬のコジロウだった。
コジロウを連れて隣の町まで自転車で遊びに行って。
そこに流れる川の河川敷で夢中になって遊んでいるうちに、
そのまま、放していたコジロウのことを、
すっかり忘れて帰ってしまったのだ。
犬のことだから、そのうちに、
自分で戻って来るだろうと思ったが、
結局、一週間経ってもコジロウは帰って来なかった。
それから、何日も探したのだが、
見つからなくて諦めてしまったのだ。
そのコジロウが、あのときのままの姿で、突然、ぼくの
リビングルームに現れた。首輪も同じだから間違いない。
しかし、初めて、生き物が届けられたことになる。
ぼくは驚くと同時に、感動していた。
しかも、別れてしまったときのままだから、
コジロウの歳は四歳のままのようだ。
首輪をよく調べると、マジックで文字が書いてあった。
ラッシー、川出町四丁目三番地七号、とあった。
あの後、誰かに飼われていたようだ、ありがたいことだ。
しかし、今も、ずっと生きているとしたら、
年齢的に考えて、それは無理なことだった。
コジロウは、どこから来たのだろうと思いながらも、
ラッシーという新しい名前は、
どう考えても日本犬のコジロウには不似合いで、
もう、笑うしか無かった。
そんな、いろんな忘れ物が届くようになって
一年が過ぎ、秋も深まった十月の土曜日の午後だった。
玄関に、ドスン、と尋常ではない大きさの音が響いた。
何事かと、見に行ってみると。
十代の女の子が驚いた顔をしてへたり込んでいた。
目には涙を溜めている。
ついに、ついに、来るところまで来てしまった。
人間までもが届くようになったことには、
さすがの、ぼくも驚きを超えて呆れていた。
それにしても、見覚えのある顔だ、と少し考えて、
三浦早紀だと分かるまで、そう時間は掛からなかった。
その三浦早紀嬢とは、ぼくが16の時に知り合った娘だ。
隣町の有名私立女子高の生徒だった。
真剣に付き合って欲しいと言われたが、
ぼくは、そのころ、クラブ活動やバンドの練習が忙しく、
片思いだけど、好きな娘は他に居たこともあって、
適当にあしらっていた娘だった。
良い娘だったけど、興味は持てないタイプだった。
思い出した!
どうしても、一回、デートして欲しいと言われて、
ぼくのバンド仲間のケンジと一緒に、
二十キロほど離れた街の夏祭りに行ったのだった。
その時、ぼくは、ケンジには格好つけて、
アイツ面倒くさいんだよなあ、などと悪態をついていたら、
だったら、ほったらかして帰ろうぜ、とケンジが言った一言で、
ぼくは退けなくなり、三浦早紀を撒いて帰ったのだった。
悪いことしたと思っている。
そう言えば、あれから、三浦早紀には、
いちども会ったことは無かった。
あのときは、相当怒らせてしまったに違いない。
しかし、これも忘れ物ということなのだろうか。
「オジさん誰?」
「ぼくは、山本伸一郎だよ、早紀ちゃん、憶えてないの」
「伸一郎君のお父さん?」
「いや、伸一郎そのものだよ」
「まさか、いい歳のオジさんじゃない」
確かにそうだ、あれから二十年は経っている。
「とにかく、ぼくは伸一郎なんだ」
「証拠は?」
「早紀ちゃんから、もらった手紙は全部で七通、その出だしは、
いつも〈私のギター王子・伸一郎くんへ〉だった」
「あっ、恥ずかしいけど、当たってる、
だけど、どうして歳とってるの」
「それを話せば長くなる…
早紀ちゃんこそ、どうしてここに来たの」
「伸一郎くんたちが黙って帰ったのが分かったので、
悲しくなって、熊野神社の参道の真ん中で
思いっきり泣いてたら、突然この家の玄関に居たの」
「じゃあ、さっきまで、ぼくたちと熊野神社に居たわけ」
「あたりまえじゃない、一緒だったじゃない」
三浦早紀は怒ったように言った。
「いや、ちょっとした手違いがあってね…実は…」
とぼくが、わけの分からない言い訳を考えていると、
突然、三浦早紀が大声で叫んだ
「あっ、いけない、わたし、忘れ物してきちゃった!」
「な、何を?」
「さっきの神社に友だちの芳子ちゃん、忘れた!」
そういえば、あれはダブルデートだった、
バンド仲間のケンジが退屈しないようにと、
三浦早紀は友だちをひとり、確か金沢芳子という、
聡明そうな娘を連れて、やって来たのだった。
ケンジは、その娘のことを気に入らないようだった。
そんなことを思い出している時に、
またドスン、と玄関に音がした。
嫌な予感がした。
三浦早紀が玄関を覗いて言った。
「芳子ちゃん!」
自分の忘れ物だけなら、なんとかやり過ごせていたが、
この後の展開は、あまり考えたくはなかった。
夕方になって、三浦早紀が小さい時に
何処かに忘れたらしい三輪車が届いた。
彼女は、早速乗ってみて、もう漕げない、
と言ってはしゃいでいた。
そうこうしているうちに
今度は、金沢芳子が幼稚園のときに飼っていた
文鳥のピーちゃん、とかいう小鳥が
玄関で舞っているのを見つけた。
お婆さんの家に持って行って忘れ、
それっきりになっていたらしい。
ピーちゃんは、さっそく金沢芳子の人差し指に
留まると、毛繕いを始めている。
忘れ物が届く間隔が、だんだん短くなっている。
ぼくと、三浦早紀と、金沢芳子に関する忘れ物は、
この先、何処まで増大して行くのだろうか…。
ドシッ!
玄関では、また何かが落ちる音がしていた。
©2009 Teruhisa Tajima all rights reserved.
(horror level ☆)
その現象は、ぼくが30代半ばになったころから始まった。
ぼくはうっかりしている性格というのか、
出掛ける度に、何かしらの忘れ物をしてしまうのだが、
不思議なことに、そんな何処かに忘れたモノたちが、
勝手に玄関に戻ってくるようになっていた。
ぼくの勤める会社は決算期を向かえ、
忙しい毎日が続いていた。
遅くに会社から帰ると、出張先の何処かで
無くしてしまった愛用のマフラーが、
玄関の廊下に落ちているのを見つけた。
それは、大切にしていたイギリス製のもので、
誰かが、知らないうちに届けてくれたのかと思い、
翌日になって、一緒に行った相手や、
泊ったホテルなど、いろいろ心当たりに訊いてみたのだが、
そんなことをした人は居ないということだった。
ちょっと気味が悪かったが、誰かが白状しないだけで、
軽いイタズラだろうと思って、すぐに忘れてしまった。
ところが、それ以降も同じようなことが
頻繁に起きるようになったので、考えてしまった。
それは、ほんとに、どうでもいいようなモノから、
無くして困っていたモノまで、
様々なものが、玄関に届くようになったからだ。
手帳や、万年筆や、シェーバー等だ。
中には、使い古した消しゴムといった、
どうでもいいようなモノもあった。
気に入っていた手袋が届いたときは嬉しかったが、
誰かが、辛抱強くイタズラを続けているとしたら、
相当に根性があるヤツに違いないと思うのだが、
そんな人物はまったく思い当たらなかった。
しかし、そんな現象が始まって半年ぐらい経ったとき、
ついに考えられないモノが届いた。
それは、高校の修学旅行で買ったモノだった。
観光地でわけも無く売っているあの木刀だ。
最初、廊下に長い木片が転がっているのを見た時には、
思わず後ずさりしてしまった。異様な感じだったからだ。
木刀だと分かって、怖々拾い上げて視てみると、
自分で彫った文字があって思い出した。
泊った旅館で、ふざけて「2年4組32番 山本武蔵」
と自分の字で彫ったのだった。
どこがムサシなんだ、と思わず、
若いころの自分に突っ込みたくなった。
ぼくの本当の名前は山本伸一郎という。
しかし、木刀を買ったは良いが、
修学旅行中ずっと持ち歩くのが嫌になると、
途中で停まった何処かの駅のベンチに忘れたふりをした。
電車が出発すると、級友のひとりが、ホームを指差して、
山本、忘れ物だぞ、と教えてくれたが、
ぼくは知らんぷりをしていた。
それは良いとして、もう十七年も前のことになるから、
イタズラだとしたら、時間と手間ひまをかけた
壮大な仕掛けなので、それを
当時の級友たちがやる理由も思い当たらず、
やはり、ちょっと特殊な現象がぼくの家の玄関には
起きているとしか考えられなかった。
木刀が届いてから一ヶ月ほどが過ぎたあたりの日曜日だった。
午後の時間を、本を読んで過ごしていた時に、
またしても、玄関に何かが落ちたような音がしたので、
ぼくは、重い腰を上げ、見に行ってみた。
すると、オモチャの飛行機が転がっていた。
近づいて良く視ると、それは飛行機の形をした電話機だった。
思い出した。確か10年以上も前にフェニックスの
インテリアショップで買ったモノのようだ。
プロペラの部分がダイヤルになっていて、
それを回すと、ちゃんと普通の電話として使えるもので、
受けを狙って買ったものだった。
確か500ドル以上はしたはずだった。
壊れないようにと、フェニックスから
サンフランシスコへ向かう機内に持ち込み、
降りる時に忘れてしまって、それっきりになっていたものだ。
試しに、ケーブルを繋いで117を押してみると、
ピッ、サンジ、ゴジュウ、ゴフン、デス、
と元気な時報が聴こえた。
木刀と電話機の件は、ちょっとびっくりしたが、
それ以降は、たまに、本当に、そのこと事態を忘れた頃に、
忘れ物が、玄関に届くことが続いていた。
勝手に届くので、何を基準にして、そんな昔のモノまでが
届けられるのかは、不思議なことだった。
本当に、どうでも良いようなモノが届き続けていた。
傷んだ傘だったり、読み終えた本だったり、
歯ブラシが一本届いたこともあったが、
それには呆れて笑うしか無かった。
忘れ物というよりは、捨ててもいいものだったからだ。
九月に入ってもまだ暑さが残る日の夜だった。
会社から帰ってビールを飲みながら、
テレビの野球中継を見ていたら、
玄関に、ゴトッ、といつになく重いものが落ちたような音がした。
すると、少しして、何かが歩くような音が近づき、
リビングのドアをカツカツと叩いた。
物取りでも侵入して来たのかと、
ぼくは木刀を持って、恐る恐るドアを開けた。
すると、そこには白い犬が座って尻尾を振っていた。
白い犬の記憶は、ぼくにはひとつしか無いので、
すぐに分かった。小学三年生のときに、
遊びに連れて行ったきり、忘れてしまった
飼い犬のコジロウだった。
コジロウを連れて隣の町まで自転車で遊びに行って。
そこに流れる川の河川敷で夢中になって遊んでいるうちに、
そのまま、放していたコジロウのことを、
すっかり忘れて帰ってしまったのだ。
犬のことだから、そのうちに、
自分で戻って来るだろうと思ったが、
結局、一週間経ってもコジロウは帰って来なかった。
それから、何日も探したのだが、
見つからなくて諦めてしまったのだ。
そのコジロウが、あのときのままの姿で、突然、ぼくの
リビングルームに現れた。首輪も同じだから間違いない。
しかし、初めて、生き物が届けられたことになる。
ぼくは驚くと同時に、感動していた。
しかも、別れてしまったときのままだから、
コジロウの歳は四歳のままのようだ。
首輪をよく調べると、マジックで文字が書いてあった。
ラッシー、川出町四丁目三番地七号、とあった。
あの後、誰かに飼われていたようだ、ありがたいことだ。
しかし、今も、ずっと生きているとしたら、
年齢的に考えて、それは無理なことだった。
コジロウは、どこから来たのだろうと思いながらも、
ラッシーという新しい名前は、
どう考えても日本犬のコジロウには不似合いで、
もう、笑うしか無かった。
そんな、いろんな忘れ物が届くようになって
一年が過ぎ、秋も深まった十月の土曜日の午後だった。
玄関に、ドスン、と尋常ではない大きさの音が響いた。
何事かと、見に行ってみると。
十代の女の子が驚いた顔をしてへたり込んでいた。
目には涙を溜めている。
ついに、ついに、来るところまで来てしまった。
人間までもが届くようになったことには、
さすがの、ぼくも驚きを超えて呆れていた。
それにしても、見覚えのある顔だ、と少し考えて、
三浦早紀だと分かるまで、そう時間は掛からなかった。
その三浦早紀嬢とは、ぼくが16の時に知り合った娘だ。
隣町の有名私立女子高の生徒だった。
真剣に付き合って欲しいと言われたが、
ぼくは、そのころ、クラブ活動やバンドの練習が忙しく、
片思いだけど、好きな娘は他に居たこともあって、
適当にあしらっていた娘だった。
良い娘だったけど、興味は持てないタイプだった。
思い出した!
どうしても、一回、デートして欲しいと言われて、
ぼくのバンド仲間のケンジと一緒に、
二十キロほど離れた街の夏祭りに行ったのだった。
その時、ぼくは、ケンジには格好つけて、
アイツ面倒くさいんだよなあ、などと悪態をついていたら、
だったら、ほったらかして帰ろうぜ、とケンジが言った一言で、
ぼくは退けなくなり、三浦早紀を撒いて帰ったのだった。
悪いことしたと思っている。
そう言えば、あれから、三浦早紀には、
いちども会ったことは無かった。
あのときは、相当怒らせてしまったに違いない。
しかし、これも忘れ物ということなのだろうか。
「オジさん誰?」
「ぼくは、山本伸一郎だよ、早紀ちゃん、憶えてないの」
「伸一郎君のお父さん?」
「いや、伸一郎そのものだよ」
「まさか、いい歳のオジさんじゃない」
確かにそうだ、あれから二十年は経っている。
「とにかく、ぼくは伸一郎なんだ」
「証拠は?」
「早紀ちゃんから、もらった手紙は全部で七通、その出だしは、
いつも〈私のギター王子・伸一郎くんへ〉だった」
「あっ、恥ずかしいけど、当たってる、
だけど、どうして歳とってるの」
「それを話せば長くなる…
早紀ちゃんこそ、どうしてここに来たの」
「伸一郎くんたちが黙って帰ったのが分かったので、
悲しくなって、熊野神社の参道の真ん中で
思いっきり泣いてたら、突然この家の玄関に居たの」
「じゃあ、さっきまで、ぼくたちと熊野神社に居たわけ」
「あたりまえじゃない、一緒だったじゃない」
三浦早紀は怒ったように言った。
「いや、ちょっとした手違いがあってね…実は…」
とぼくが、わけの分からない言い訳を考えていると、
突然、三浦早紀が大声で叫んだ
「あっ、いけない、わたし、忘れ物してきちゃった!」
「な、何を?」
「さっきの神社に友だちの芳子ちゃん、忘れた!」
そういえば、あれはダブルデートだった、
バンド仲間のケンジが退屈しないようにと、
三浦早紀は友だちをひとり、確か金沢芳子という、
聡明そうな娘を連れて、やって来たのだった。
ケンジは、その娘のことを気に入らないようだった。
そんなことを思い出している時に、
またドスン、と玄関に音がした。
嫌な予感がした。
三浦早紀が玄関を覗いて言った。
「芳子ちゃん!」
自分の忘れ物だけなら、なんとかやり過ごせていたが、
この後の展開は、あまり考えたくはなかった。
夕方になって、三浦早紀が小さい時に
何処かに忘れたらしい三輪車が届いた。
彼女は、早速乗ってみて、もう漕げない、
と言ってはしゃいでいた。
そうこうしているうちに
今度は、金沢芳子が幼稚園のときに飼っていた
文鳥のピーちゃん、とかいう小鳥が
玄関で舞っているのを見つけた。
お婆さんの家に持って行って忘れ、
それっきりになっていたらしい。
ピーちゃんは、さっそく金沢芳子の人差し指に
留まると、毛繕いを始めている。
忘れ物が届く間隔が、だんだん短くなっている。
ぼくと、三浦早紀と、金沢芳子に関する忘れ物は、
この先、何処まで増大して行くのだろうか…。
ドシッ!
玄関では、また何かが落ちる音がしていた。
©2009 Teruhisa Tajima all rights reserved.