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Posted by 田島照久 thesedays
 
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忘れ物
「忘れ物」  田島照久

            (horror level ☆)

その現象は、ぼくが30代半ばになったころから始まった。
ぼくはうっかりしている性格というのか、
出掛ける度に、何かしらの忘れ物をしてしまうのだが、
不思議なことに、そんな何処かに忘れたモノたちが、
勝手に玄関に戻ってくるようになっていた。

ぼくの勤める会社は決算期を向かえ、
忙しい毎日が続いていた。
遅くに会社から帰ると、出張先の何処かで
無くしてしまった愛用のマフラーが、
玄関の廊下に落ちているのを見つけた。
それは、大切にしていたイギリス製のもので、
誰かが、知らないうちに届けてくれたのかと思い、
翌日になって、一緒に行った相手や、
泊ったホテルなど、いろいろ心当たりに訊いてみたのだが、
そんなことをした人は居ないということだった。
ちょっと気味が悪かったが、誰かが白状しないだけで、
軽いイタズラだろうと思って、すぐに忘れてしまった。

ところが、それ以降も同じようなことが
頻繁に起きるようになったので、考えてしまった。
それは、ほんとに、どうでもいいようなモノから、
無くして困っていたモノまで、
様々なものが、玄関に届くようになったからだ。
手帳や、万年筆や、シェーバー等だ。
中には、使い古した消しゴムといった、
どうでもいいようなモノもあった。
気に入っていた手袋が届いたときは嬉しかったが、
誰かが、辛抱強くイタズラを続けているとしたら、
相当に根性があるヤツに違いないと思うのだが、
そんな人物はまったく思い当たらなかった。

しかし、そんな現象が始まって半年ぐらい経ったとき、
ついに考えられないモノが届いた。
それは、高校の修学旅行で買ったモノだった。
観光地でわけも無く売っているあの木刀だ。
最初、廊下に長い木片が転がっているのを見た時には、
思わず後ずさりしてしまった。異様な感じだったからだ。
木刀だと分かって、怖々拾い上げて視てみると、
自分で彫った文字があって思い出した。
泊った旅館で、ふざけて「2年4組32番 山本武蔵」
と自分の字で彫ったのだった。
どこがムサシなんだ、と思わず、
若いころの自分に突っ込みたくなった。
ぼくの本当の名前は山本伸一郎という。
しかし、木刀を買ったは良いが、
修学旅行中ずっと持ち歩くのが嫌になると、
途中で停まった何処かの駅のベンチに忘れたふりをした。
電車が出発すると、級友のひとりが、ホームを指差して、
山本、忘れ物だぞ、と教えてくれたが、
ぼくは知らんぷりをしていた。
それは良いとして、もう十七年も前のことになるから、
イタズラだとしたら、時間と手間ひまをかけた
壮大な仕掛けなので、それを
当時の級友たちがやる理由も思い当たらず、
やはり、ちょっと特殊な現象がぼくの家の玄関には
起きているとしか考えられなかった。

木刀が届いてから一ヶ月ほどが過ぎたあたりの日曜日だった。
午後の時間を、本を読んで過ごしていた時に、
またしても、玄関に何かが落ちたような音がしたので、
ぼくは、重い腰を上げ、見に行ってみた。
すると、オモチャの飛行機が転がっていた。
近づいて良く視ると、それは飛行機の形をした電話機だった。
思い出した。確か10年以上も前にフェニックスの
インテリアショップで買ったモノのようだ。
プロペラの部分がダイヤルになっていて、
それを回すと、ちゃんと普通の電話として使えるもので、
受けを狙って買ったものだった。
確か500ドル以上はしたはずだった。
壊れないようにと、フェニックスから
サンフランシスコへ向かう機内に持ち込み、
降りる時に忘れてしまって、それっきりになっていたものだ。
試しに、ケーブルを繋いで117を押してみると、
ピッ、サンジ、ゴジュウ、ゴフン、デス、
と元気な時報が聴こえた。

木刀と電話機の件は、ちょっとびっくりしたが、
それ以降は、たまに、本当に、そのこと事態を忘れた頃に、
忘れ物が、玄関に届くことが続いていた。
勝手に届くので、何を基準にして、そんな昔のモノまでが
届けられるのかは、不思議なことだった。
本当に、どうでも良いようなモノが届き続けていた。
傷んだ傘だったり、読み終えた本だったり、
歯ブラシが一本届いたこともあったが、
それには呆れて笑うしか無かった。
忘れ物というよりは、捨ててもいいものだったからだ。

九月に入ってもまだ暑さが残る日の夜だった。
会社から帰ってビールを飲みながら、
テレビの野球中継を見ていたら、
玄関に、ゴトッ、といつになく重いものが落ちたような音がした。
すると、少しして、何かが歩くような音が近づき、
リビングのドアをカツカツと叩いた。
物取りでも侵入して来たのかと、
ぼくは木刀を持って、恐る恐るドアを開けた。
すると、そこには白い犬が座って尻尾を振っていた。
白い犬の記憶は、ぼくにはひとつしか無いので、
すぐに分かった。小学三年生のときに、
遊びに連れて行ったきり、忘れてしまった
飼い犬のコジロウだった。
コジロウを連れて隣の町まで自転車で遊びに行って。
そこに流れる川の河川敷で夢中になって遊んでいるうちに、
そのまま、放していたコジロウのことを、
すっかり忘れて帰ってしまったのだ。
犬のことだから、そのうちに、
自分で戻って来るだろうと思ったが、
結局、一週間経ってもコジロウは帰って来なかった。
それから、何日も探したのだが、
見つからなくて諦めてしまったのだ。
そのコジロウが、あのときのままの姿で、突然、ぼくの
リビングルームに現れた。首輪も同じだから間違いない。
しかし、初めて、生き物が届けられたことになる。
ぼくは驚くと同時に、感動していた。
しかも、別れてしまったときのままだから、
コジロウの歳は四歳のままのようだ。
首輪をよく調べると、マジックで文字が書いてあった。
ラッシー、川出町四丁目三番地七号、とあった。
あの後、誰かに飼われていたようだ、ありがたいことだ。
しかし、今も、ずっと生きているとしたら、
年齢的に考えて、それは無理なことだった。
コジロウは、どこから来たのだろうと思いながらも、
ラッシーという新しい名前は、
どう考えても日本犬のコジロウには不似合いで、
もう、笑うしか無かった。

そんな、いろんな忘れ物が届くようになって
一年が過ぎ、秋も深まった十月の土曜日の午後だった。
玄関に、ドスン、と尋常ではない大きさの音が響いた。
何事かと、見に行ってみると。
十代の女の子が驚いた顔をしてへたり込んでいた。
目には涙を溜めている。
ついに、ついに、来るところまで来てしまった。
人間までもが届くようになったことには、
さすがの、ぼくも驚きを超えて呆れていた。
それにしても、見覚えのある顔だ、と少し考えて、
三浦早紀だと分かるまで、そう時間は掛からなかった。
その三浦早紀嬢とは、ぼくが16の時に知り合った娘だ。
隣町の有名私立女子高の生徒だった。
真剣に付き合って欲しいと言われたが、
ぼくは、そのころ、クラブ活動やバンドの練習が忙しく、
片思いだけど、好きな娘は他に居たこともあって、
適当にあしらっていた娘だった。
良い娘だったけど、興味は持てないタイプだった。
思い出した!
どうしても、一回、デートして欲しいと言われて、
ぼくのバンド仲間のケンジと一緒に、
二十キロほど離れた街の夏祭りに行ったのだった。
その時、ぼくは、ケンジには格好つけて、
アイツ面倒くさいんだよなあ、などと悪態をついていたら、
だったら、ほったらかして帰ろうぜ、とケンジが言った一言で、
ぼくは退けなくなり、三浦早紀を撒いて帰ったのだった。
悪いことしたと思っている。
そう言えば、あれから、三浦早紀には、
いちども会ったことは無かった。
あのときは、相当怒らせてしまったに違いない。
しかし、これも忘れ物ということなのだろうか。
「オジさん誰?」
「ぼくは、山本伸一郎だよ、早紀ちゃん、憶えてないの」
「伸一郎君のお父さん?」
「いや、伸一郎そのものだよ」
「まさか、いい歳のオジさんじゃない」
確かにそうだ、あれから二十年は経っている。
「とにかく、ぼくは伸一郎なんだ」
「証拠は?」
「早紀ちゃんから、もらった手紙は全部で七通、その出だしは、
 いつも〈私のギター王子・伸一郎くんへ〉だった」
「あっ、恥ずかしいけど、当たってる、
  だけど、どうして歳とってるの」
「それを話せば長くなる…
  早紀ちゃんこそ、どうしてここに来たの」
「伸一郎くんたちが黙って帰ったのが分かったので、
 悲しくなって、熊野神社の参道の真ん中で
 思いっきり泣いてたら、突然この家の玄関に居たの」
「じゃあ、さっきまで、ぼくたちと熊野神社に居たわけ」
「あたりまえじゃない、一緒だったじゃない」
三浦早紀は怒ったように言った。
「いや、ちょっとした手違いがあってね…実は…」
とぼくが、わけの分からない言い訳を考えていると、
突然、三浦早紀が大声で叫んだ
「あっ、いけない、わたし、忘れ物してきちゃった!」
「な、何を?」
「さっきの神社に友だちの芳子ちゃん、忘れた!」
そういえば、あれはダブルデートだった、
バンド仲間のケンジが退屈しないようにと、
三浦早紀は友だちをひとり、確か金沢芳子という、
聡明そうな娘を連れて、やって来たのだった。
ケンジは、その娘のことを気に入らないようだった。
そんなことを思い出している時に、 
またドスン、と玄関に音がした。
嫌な予感がした。
三浦早紀が玄関を覗いて言った。
「芳子ちゃん!」

自分の忘れ物だけなら、なんとかやり過ごせていたが、
この後の展開は、あまり考えたくはなかった。
夕方になって、三浦早紀が小さい時に
何処かに忘れたらしい三輪車が届いた。
彼女は、早速乗ってみて、もう漕げない、
と言ってはしゃいでいた。
そうこうしているうちに
今度は、金沢芳子が幼稚園のときに飼っていた
文鳥のピーちゃん、とかいう小鳥が
玄関で舞っているのを見つけた。
お婆さんの家に持って行って忘れ、
それっきりになっていたらしい。
ピーちゃんは、さっそく金沢芳子の人差し指に
留まると、毛繕いを始めている。

忘れ物が届く間隔が、だんだん短くなっている。
ぼくと、三浦早紀と、金沢芳子に関する忘れ物は、
この先、何処まで増大して行くのだろうか…。
ドシッ!
玄関では、また何かが落ちる音がしていた。


©2009 Teruhisa Tajima all rights reserved.
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Posted by 田島照久 thesedays
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[超短編小説
デザインにも話しを。


皆さん、いつも、いろんなご意見有り難うございます。
小説を読んで頂いている方々、ブログという、横書きで、しかも小さい文字で、読みにくい環境にもめげずに読んで頂いて、心苦しい限りです。調子に乗ってまた書いてしまうかもしれません。

ところで、ぼくが知らないうちに自分のデザインに話しを盛り込んでいることに気付いたのは、横尾忠則さんから指摘されたからでした。田島君のデザインは、いつも映像みたいで、ストーリー性があるね、ということでした。どうやら、デザインするときに、いつも話しを組み立てているようです。妄想癖があると言うか…ですから話しを書くことも、デザインをすることも同じことのようです。
撮影のことを考えてみたら、写真には自ずから話しが盛り込まれているわけですから、どんな写真にもストーリー性を追求することは不可欠かもしれません。この写真の場合は、赤いクルマの位置はここでなくてはいけなかったのです。あまりに昔のことで憶えていませんが、多分、ずっとカメラを構えて絵になるクルマがやって来るのを待って、この位置に来た時にシャッターを押したのだと思います。この前でも後でもぼくのなかのストーリー性は生まれなかったと思います。 T.Tajima
Posted by 田島照久 thesedays
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[デザインの話
ゴンベ(雄)ご機嫌!


ゴンベ、何か、良いことでもあったか。
Posted by 田島照久 thesedays
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[ねこの話
同じ時間に同じバスで
「同じ時間に同じバスで」  田島照久

            (horror level ☆☆)


今日も、あのエキゾチックな顔立ちの彼女が乗ってきた。
ぼくが乗るバスには、毎回決まって、あの彼女が乗ってくる。
いくら時間を変えて乗ってみても、
毎回、同じことが起き続けている。
それはまるで、女性のストーカーのようだが、それにしても、
彼女は個性的で魅力的な女性で、
ぼくなんかをストーキングする根拠は見当たらない。

ぼくは40代の後半にさしかかっている独りものだ。
すでに両親は他界していて居ないが、
叔父や叔母も居なかったので、従兄弟もひとりも居なく、
親戚という言葉はぼくには無縁だった。
そろそろ、生涯独りの身を覚悟する時期が近いのが分かる。
どこにも属せず、フリーランスの仕事をしているので、
見た目も、収入も、何もかもが普通で、個性的な女性に
見初められる根拠など微塵も思い当たらない。
取り柄と言えば、真面目な仕事ぶりくらいなものだろう。

仕事で出掛けるときは早朝のこともあれば、
昼間のこともあり、夕方になることだってある。
アパートの前がバス停なので、
どんなに荷物が多くても、必ずバスを使うことにしている。
そんなぼくに不可解なことが起き始めた。
いつの頃からか、その件の彼女が、同じバスに乗ってきて、
しかも、僕の前の席に座ることが続くようになったのだ。
どう考えても、僕が乗る時間を見計らって、
乗ってきているとしか思えない。
必ず、ぼくが使うバス停の次のバス停から乗ってくる。
きちっとしたスーツに身を包み、席につくと、
いつも英語で書かれた何かの専門書を読んでいる。
ページをめくる度に光る銀のブレスレットが、
アブストラクトに歪んでいて、彼女の個性を物語っている。
降りるバス停は決まっていて、
「次は錦町三丁目です、御降りになる方は…」
というアナウンスが流れると、
本を閉じて、真っ先にボタンを押し、降車の意思表示をする。
その時の少しソワソワした様子が、
 ぼくはいつも気になっていた。
今日こそ、意を決して、この不可解な
乗り合わせの理由を確かめるべく、
彼女が降りた後をつけてみることにした。

〈錦町三丁目〉で降りた彼女は、
足取りも軽やかに商店街を抜け、
そのまま、住宅街に入り、脇目も振らずに歩き続けて行く。
しばらく続いた住宅街を抜けると、小高い丘が現れた。
階段にして20段くらいの高さを、彼女の後を追って登ると、
丘の上は小さな墓地になっていた。
ひっそりとした墓地だ。寺のような建物も無かった。
やがて、彼女は、ある小さな墓の前に進み、
覗き込んで何かを確かめると、
ほどなくして、どこかへ行ってしまった。
彼女が居なくなったのをみて、僕はその墓へ歩み寄った。
〈篠崎家〉と記された小さな墓だった、自分と同じ名字だ。
偶然なのだろうか。腑に落ちなくて、
 しばらく佇んでしまった。

「ドナタ、アナタハ、イッタイ誰ナノ?」
背後の声に振り返ると、彼女が花を携えて立っていた。
まじかに見る彼女は、個性溢れる存在感でぼくを圧倒した。
哀しみをたたえた眼差しがまぶしく映る。
ぼくは一瞬、自分を失いそうになった。
しかし、ひるんではいられない、聞きたいことは、
ぼくの方にこそあるのだ。
「それより、あなたの方こそ、どうして、
   ぼくと同じバスに乗って来るのですか」
彼女は何と応えてよいのやら迷っているらしく、
 困りきった顔をしていたが、
やがて、意を決したように、その口を開いた。
「実ハ、私モ、アナタノ事ガ、ズット気ニナッテイルノデス。
私ガ乗ルト、イツモ、決マッテ、アナタガ乗ッテラシテ。
タダ、〈ストーカー〉ニシテハ、私ガ乗ル前カラ
乗ッテラッシャルカラ変ダシ、
デモ、何トカシナクテハト、ズット悩ンデイタノデス」

同じ時間、同じバス、同じ名前の墓、同じ疑問…

…ふたりは、お互いに、
ずっと前に起きた、ある事故を思い出していた。
居眠り運転のタンクローリーに激突され、
バスが一瞬にして全焼した事故だった。
逃げ遅れた多くの犠牲者のなかに、
身元引受人がいない男性がひとりと、
国籍不明の女性がひとり残された。
篠崎の姓を持つ僕の手にしがみついていた女性の
高熱で溶けかかった
銀のブレスレットからは、かろうじて
SHINOZAKIの文字が読みとれていた。
警察の計らいで、ふたりは国を超えた未入籍の夫婦として、
ひっそりと都会の片隅に葬られた。
名前が一緒なのは、ただの偶然だった。

ぼくは、名前を篠崎辰郎といった。
いままで勝手気ままな人生を送り、
いろんな職に就きながら、
全国を転々としていたが、
この街に落ちついてからは二年が経っていた。
いちばん長い滞在とも言えたが、
先のことは何も分からないでいた。

彼女はSOFIA SHINOZAKIといった。
日本人の父とドイツ人の母との間に生まれ、
父親の仕事の関係で、ヨーロッパ各地を点々として、
育てられた。二十六歳になると、オーストリアで
知り合った外科医と一緒になったが上手く行かず、
三年で別離れ、そのあと、アフリカ系
フランス人の外交官と、八年一緒に暮らしたが、
それも上手く行かなかった。そんな二度の離婚の果てに、
それまでの生活を変えようと、
父親が生まれたこの国にやって来て、
仕事を探し始めたところだった。
母親は早くに亡くなり、父親も半年前に亡くなっていたので、
彼女も、今はひとりになっていた。

ぼくは、もしも、あの時、あのバスにさえ、乗らなかったらと、
繰り返し、くりかえし、乗るバスを代えてみていた。
彼女は彼女で、バスを代えると墓の名前が消えると信じて、
来る日も来る日も、違うバスに乗っていた。
ふたりは自分の運命を受け入れられずにいるうちに、
毎日繰り返していることの意味すら分からなくなっていた。

ぼくは言った
「炎のなかで、あなたが手を延ばしてきたのを覚えているよ」
彼女は言った
「見ズ知ラズノ私ニナンカ、構ワズニ
  逃ゲテタラ、助カッタカモ知レナイノニ」
ぼくは言った「気が動転していたんだ…きっと」
彼女は、やっと少し微笑んで言った
「優シイ方ナノデスネ、アナタハ」

ふたりは、お互いの話を聞くうちに、
いまの状況を受け入れる準備が出来はじめていた。
街を見下ろすと、遠くに
〈錦町三丁目〉を出たバスが走り去るのが見えた。
ぼくは言った。
「しかし、この墓碑銘の〈篠崎家〉には困りましたね、
墓は二つに分けないといけませんね」
「二人ガ一緒ニ入ッテイルママダト、
  何ダカ表札ミタイデスネ」
と言って彼女は笑った。
墓地を改めて観察してみると碑が在って、
この場所の謂れが書いてあった。
どうやら、その昔、往き倒れになった旅人を
埋葬していたところらしい。
ぼくたちは、〈往き倒れになった旅人〉というところは、
お互いに当てはまるかもしれないですねと、笑い合った。

街の片隅の、見晴しのいい丘にある墓地で、
日本人の地味な男と、
エキゾチックで個性溢れるヨーロッパ育ちの女が
楽しそうに、話し込んでいる光景は珍しかったが、
その姿は誰にも見えなかった。


©2009 Teruhisa Tajima all rights reserved.

Posted by 田島照久 thesedays
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[超短編小説
ブン(雄)置物化?


おっ、ブン、一瞬、置物かと…。
Posted by 田島照久 thesedays
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[ねこの話
アナログの確信


最近、珍しく撮影が続いたので、少し思うことがありました。
ことアナログに於いての撮影枚数とは、良い写真が撮れているかどうかの確信しだいです。「あ、いまのカットで大体撮れた」と確信が持てたら、そこで止めるのです。ところが現像が上がるまでは落ちつきません。露出は合っているか、ピントは大丈夫か、良い表情は本当に撮れているか、と心配しながら待つことになります。尾崎さんの写真を撮った総数は2万枚ちょっとでした。ステージを撮ったものも含まれていますから、スタジオやロケーションだけだと数千枚しか無いと思います。9年間で撮った枚数としては、多い方ではないと思います。
今はデジタルになって、撮った側からモニターで確認しますから、その場で全ての結果が出てしまいます。良い写真が撮れているのは分かるのですが、ぼくは何故か、以前とは違った何かの確信が持てないままでいます。その説明は難しいです。
ですから、いまでも可能な限りはアナログでも撮影します。そこには少なくとも、ポジフィルムという実体は在るからです。いや、単に、もう古いタイプの写真家なのだと思います。 T.Tajima
Posted by 田島照久 thesedays
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[写真の話
Gretsch Country Gentleman (1963)


ギター好きは、みんな、憧れのミュージシャンが使っているものに、出来るだけ近いものを手に入れる為に奔走するものだと思う。細部の仕様や年式に拘り、ああでもない、こうでもないと、追求して行く愉しさが、最大の醍醐味なんだ。このカントリージェントルマンを弾いている姿は、誰が見ても、あ、このひと、ビートルズが好きなんだ、それもジョージがね、と、もう恥ずかしいぐらいに、それを意思表示していることになる。ぼくがこのモデルでいちばん拘ったのは、ヘッドのペグで、これだけはこのインペリアル・ペグでなくては、意味を持たなかった。全体の形も奇麗だが、とにかく、この三段になったデザインのペグがカッコいいからだ。このギターをVOXのアンプで鳴らすと、まんま初期のビートルズの音が再現出来る。 T.Tajima
Posted by 田島照久 thesedays
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[ギターの話
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